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写メ日記

全82件中1~10件を表示

志貴の投稿

もしも、セラピストの学校があったなら。

10/25 22:06 更新

こんばんは、志貴です。

もしも日本に、

「セラピスト養成専門学校」

というものがあったら。

 

僕はたぶん、
かなり成績がいいと思います。

 

自分で言うなって話ですが。笑

 

まず、保健体育。

身体づくりは、
普段からジムに通っており、運動神経がいいので高得点。

 

性に関する知識。

ギフテッドで勉強家の僕はそうそう負けません。

セラピスト歴も10年目となり、

実技もかなり強いと思います。

 

ただ、実技試験に関して、

試験官の女性は、

敢えての追試を僕に課すかもしれません。笑

 

次に、国語。

自分の考えを、
こうして日記にして伝える力。

少し文が長くなることがあるので、
先生からは、

「文才はあるけど、もう少し簡潔に」

と書かれそうです。

 

美術は、
ファッションや見せ方。

このあたりのセンスやクリエイティブ能力は

僕はピカイチです。

 

家庭科は料理。

料理好きの僕は試験管…

まぁ、いいや。

を、虜にするでしょう。

 

社会は、
一緒に出かける場所を考える力。

僕の事前調査スキルを舐めてもらっては困ります。

 

そして、社会を舐め腐っていながらも、

生き抜くサバイバル能力が僕にはあります。

そう、僕は死にません。

 

音楽は、大好きですが、

歌唱力が僕の唯一の欠点かもしれません。

 

図工は、
百均にある普通の物を見ながら、

「これは別の使い方ができそうだな」

と考えてしまうので、
先生に少し警戒されるかもしれません。

 

そして一番大事なのが、

セラピスト実習試験。

 

これは、
教科書を読んだだけでは身につきません。

 

僕はもう、
セラピストとして10年目に入るお年頃です。

 

学校でいえば、

かなり長く在籍しています。

 

留年ではありません。笑

 

顔だけなら、
僕より格好いい人は時々いると思います。

 

優しさだけ。

技術だけ。

知識だけ。

 

一つの科目で見れば、
僕より上の人もいるでしょう。

 

でも、

身体。

知識。

技術。

会話。

教養。

ファッション。

一緒に楽しめることの多さ。

 

そして、
出会った貴女を大切にしたいという気持ち。

 

全部を合わせた総合点なら、

僕は全国でも、
かなり上位に入ると思っています。

 

そして、一緒にお酒を飲んで楽しいセラピストでも、

上位は確実です。

 

たぶん通知表には、

「突出した一科目というより、
全教科のバランスが非常に良い」

と書かれるタイプです。

 

ただし、

色気だけは、
先生が花丸をつけてくれると思います。

 

さて。

もし貴女が、
セラピスト学園の先生だったら。

 

志貴の通知表に、
どんな評価を書きますか?

 

できれば一度、
実技まで見てから採点してください。笑

 

なんか、よく分からない日記になりましたが、

徒然なるままに〜。

♥ いいね♡  

選択肢より、志貴

10/24 23:41 更新

7380

こんばんは、志貴です。

鹿児島は、
セラピストが少ない。

選択肢が少ないよね。

そんなことを、
時々言われます。

でも僕は、
それを聞くたびに思うんです。

別に、

僕がいるから、
よくない?

って。笑

何十人もの中から、
迷い続ける必要なんてない。

貴女が、

会ってみたい。

もう一度会いたい。

次は何をされるんだろう。

そう思える男が、
一人いればいい。

そして僕は、

その一人になるつもりで、
貴女と向き合います。

安心させて。

笑わせて。

貴女のことを知って。

そのうえで、
もちろん気持ちよくなってもらう。

気がついたときには、

ほかの誰かを探すことなんて、
忘れていると思います。

僕は、
誰にでも選ばれたいわけではない。

でも、

僕を選んでくれた貴女には、
選んでよかったと思わせたい。

鹿児島には、
セラピストが少ない?

大丈夫です。

僕がいます。

あとは貴女が、
僕に会う勇気を出すだけです。

♥ いいね♡  

わからないことを、悪いほうに決めない。

10/24 02:21 更新

真夜中の志貴です。

返信が、
いつもよりそっけなく感じる。

話している相手が、
今日は楽しくなさそうに感じる。

目が合ったのに、
すぐに逸らされた気がした。

そんな小さな変化があると、

何か変なことを言ったかな。

退屈させているのかな。

もしかして、
嫌われたのかな。

と、
悪い方向へ考えてしまうことがあります。

でも実際には、

ただ疲れているだけかもしれない。

何と返そうか、
ゆっくり考えているのかもしれない。

目が合って、
少し照れただけかもしれない。

同じ表情や沈黙にも、
いくつもの理由があります。

それなのに人は、

わからない空白があると、
自分の想像で埋めたくなる。

しかもなぜか、
少し悪い物語を作ってしまうんですよね。

僕は、
相手の反応を見ることを大切にしています。

でも、

見ることと、
決めつけることは違うと思っています。

たとえば貴女が、
会ったばかりで静かだったとしても。

楽しくない。

僕に興味がない。

早く帰りたい。

と、
勝手に結論を出したくありません。

初めてだから、
緊張しているのかもしれない。

今日は少し疲れていて、
言葉が出てこないのかもしれない。

僕は比較的、
人のことを良い方向に見るほうです。

貴女が少しそっけなく見えたとしても、

きっと、
何か理由があるんだろうな。

と考えたい。

もちろん、

それが正しいとは限りません。

本当は僕に対して、
言いたいことがあるのかもしれない。

何か引っかかっていることを、
言えずにいるのかもしれない。

僕は神様ではないので、

貴女が話してくれなければ、
わからないこともあります。

だからこそ、
想像だけで進めずに確認したい。

「少し休む?」

「何か気になることがある?」

そんなふうに、
貴女が答えやすい言葉で聞きたいです。

人の気持ちを察することは、
優しさのように見えます。

でも、

察したつもりになって、
本人の気持ちを置いていってしまうこともある。

セラピストである僕が、
貴女のことをすべて理解すればいい。

僕は、
それだけの関係だとは思っていません。

僕も一人の人間だから。

貴女のことを知りたいし、

僕のことも、
少しずつ知ってほしい。

長く関わっていくなら、
どちらか一方だけが理解するのではなく、

お互いに伝えて、
お互いに知っていく関係でいたいです。

今夜こんな話を書いたのは、

僕自身、
人から誤解されることが多かったからです。

「こう思ったんでしょ」

「こういうつもりで、
あんなことをしたんでしょ」

そう決めつけられても、

僕にはまったく、
そのつもりがなかったこともありました。

違うと伝えても、
信じてもらえない。

そういう経験は、
今でも僕の中に残っています。

だから僕は、

僕と会ってくれた貴女のことを、
簡単に悪く決めつけたくない。

まずは、
貴女の言葉を聞きたい。

そして僕の言葉も、
できるだけきちんと伝えたい。

コミュニケーションって、
簡単ではありません。

長く関わっていても、
今日の貴女は前回とは違う。

僕も、
以前とまったく同じ僕ではない。

人は変わるし、
その日の気分も変わります。

だから、

前はこうだったから。

貴女はこういう人だから。

志貴はきっと、
こう考えているから。

と、
お互いを過去の印象だけで決めないようにしたい。

わからなければ聞く。

違っていたら伝える。

少しずつ、
また知り直していく。

まだ知らない部分があるから、
人と関わることは面白いと思うんです。

僕がセラピストとして築きたいのは、

貴女を
悪い方向へ連れていく関係ではありません。

僕と話したことで、
新しい考え方を知ったり。

一緒に出かけたことで、
好きな場所が一つ増えたり。

次に会う予定が、
先の楽しみになったり。

僕と関わったことで、

明日も少し頑張ってみようかな。

今までと違うことを、
一つやってみようかな。

と思ってもらえる。

そんな、
前向きな関係を築きたいです。

もちろん僕も、

貴女と話すことで、
知らなかった世界を知ると思います。

僕が貴女を支えるだけではなく、

貴女と出会ったことで、
僕の世界も少し広がっていく。

人間対人間だからこそ、

そういう関係になれたら嬉しい。

僕は、
貴女のことを信じたいです。

だから貴女にも、

わからない僕を、
想像だけで決めてしまう前に。

一度、
僕の言葉を聞いてほしい。

さて。

貴女は今、

僕にまだ伝えていないことがありますか?

嬉しかったことでも。

少し引っかかっていることでも。

実はこうしてほしい、
ということでも。

聞かせてもらえたら、
僕はちゃんと受け取ります。

わからないまま、
勝手に決めつけるのではなく。

話しながら、
信じられる関係を一緒に作っていきたいから。

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24階と26階のあいだで。 ――ここではない、どこかへ。

10/21 03:39 更新

村上春樹の短編集『東京奇譚集』に収録されている「どこであれそれが見つかりそうな場所で」を読み終えた。

物語は、ある男性がマンションの階段から突然姿を消してしまうという、不思議な出来事から始まる。

24階には母親が住んでいる。

26階には妻が待っている。

その間の階段で、彼は忽然と姿を消す。

そして20日後、離れた街で発見されるのだけれど、その間の記憶はない。

結局、彼がどこで何をしていたのかは明らかにならない。

でも、僕が気になったのは、失踪の謎そのものではなかった。

なぜ、彼は24階と26階の「あいだ」で消えたのだろう。

24階にいれば、彼は息子である。

26階にいれば、彼は夫である。

仕事に行けば、会社員としての顔がある。

どこにいても、彼には誰かとの関係の中で与えられた役割がある。

では、そのどれでもない彼は、一体どこにいるのだろう。

もしかすると、彼はほんの少しだけ、何者でもない自分に戻りたかったのかもしれない。

誰かの息子でもなく、誰かの夫でもなく。

誰かの期待に応える必要もなく。

ただ、一人の人間として存在する場所。

彼が消えたのは、そんな「ここではないどこか」だったのではないか。

もちろん、これは僕の勝手な解釈だけれど。

 

僕たちは、生きていくうちに、いくつもの名前を与えられる。

妻、母親、娘、恋人。

あるいは、職場での肩書きや、誰かにとっての頼れる存在。

それぞれの役割を大切にしながら、日々を生きている。

そして、きっとその中には幸せもある。

でも、幸せであることと、満たされていることは、必ずしも同じではないと思う。

今の生活に不満があるわけではない。

大切な人を愛していないわけでもない。

それでも時々、ふと考えてしまうことはないだろうか。

「もし、違う人生を選んでいたら」

「誰にも知られていない場所に行けたなら」

「私は、どんな私になっているんだろう」

それは、今の人生を否定することではない。

むしろ、今の人生を大切にしているからこそ、簡単には手放せないものがある。

だから人は時々、ほんの短い時間だけでも、別の世界に身を置きたくなるのかもしれない。

 

この仕事をしていると、そんなことを考える。

女性が男性セラピストに会いに来る理由は、人それぞれだと思う。

癒やされたい人もいれば、刺激を求める人もいる。

寂しい夜を過ごしている人もいれば、日常が十分に充実している人だっているだろう。

だから、誰もが何かから逃げているとは思わない。

ただ、普段とは違う自分になれる時間を求める気持ちは、少し分かる気がする。

いつも誰かを気遣っている人が、気遣われる側になる。

いつも冷静な人が、少しだけわがままになる。

しっかり者の女性が、無防備な表情を見せる。

普段は言えないことを話したり、普段は見せない顔で笑ったり。

それは、普段の自分が偽物だからではない。

人間には、ひとつの人生の中に、いくつもの自分が存在しているからだと思う。

僕は、そのどれか一つだけを「本当のあなた」だと決めつけたくない。

誰かの妻であるあなたも。

誰かの母親であるあなたも。

仕事に向き合うあなたも。

そして、僕の前でだけ見せるあなたも。

どれも同じ、一人の女性なのだと思う。

 

不思議なのは、この小説に登場する失踪した男性だけでなく、彼を探している主人公もまた、何かを探していることだ。

主人公は、自分が何を探しているのか、はっきりとは分かっていない。

それでも、どこかにそれが存在すると信じている。

僕は、この二人は意外と似ているのではないかと思った。

一人は、何かを探していることに気づかないまま姿を消した。

もう一人は、何を探しているのか分からないまま探し続けている。

そして、きっと僕たちも同じなのだろう。

僕自身、今の人生とは違う何かを探しているのかもしれない。

それが何なのか、まだうまく言葉にはできないけれど。

人と出会ったり、本を読んだり、知らない場所へ行ったり。

そうしているうちに、自分でも知らなかった自分に出会うことがある。

もしかすると、人は何かを見つけるためだけではなく、探し続けることそのもののために生きているのかもしれない。

 

僕にとって、女性と過ごす時間も、そんな探索のひとつだと思っている。

もちろん、触れ合うことの心地よさや、身体で感じる幸福も大切にしたい。

でも、それだけではない何かがある。

何気ない会話の中で、その人の意外な価値観を知る。

ふとした表情に、言葉にならない感情を感じる。

互いの知らなかった世界が、少しだけ開かれる。

僕が一方的に何かを与えるというより、二人で過ごす時間の中で、お互いに何かを発見していく。

そんな関係に惹かれる。

僕は、誰かを日常から奪いたいわけではない。

今ある人生を捨ててほしいわけでもない。

ただ、その人生の中に、普段とは違う自分でいられる時間があってもいいと思う。

24階にも26階にも属さない、二人だけの25階のような時間。

そこでは、無理に立派な人間でいる必要もないし、誰かが期待する女性を演じる必要もない。

甘えてもいいし、強がってもいい。

話したければ話せばいいし、言葉のいらない時間を過ごしてもいい。

そして、その時間が終わったら、またそれぞれの日常へ帰っていく。

何も変わっていないようで、ほんの少しだけ、昨日とは違う自分になって。

そんな時間を一緒に過ごせたら素敵だと思う。

 

小説の中で、失踪した男性は結局、元の世界に戻ってくる。

けれど、彼が何を見て、何を感じ、何を見つけたのかは分からない。

もしかすると、何も見つけなかったのかもしれない。

それでも僕は、彼がいた20日間には、何か意味があったのではないかと思いたい。

人生には、説明できない時間があってもいい。

誰にも理解されない感情があってもいい。

すべての経験に、明確な理由や答えを求めなくてもいい。

そして何より、ここではないどこかへ行きたいという気持ちを、必ずしも否定しなくていい。

それは現実からの逃避であると同時に、自分自身を探す旅でもあるのだから。

村上春樹の「どこであれそれが見つかりそうな場所で」。

タイトルをもう一度眺めていると、不思議と優しい言葉に思えてくる。

探しているものが何なのか、今は分からなくてもいい。

どこにあるのかも、分からなくていい。

ただ、それが見つかりそうな場所へ、時々足を運んでみる。

そんな生き方も悪くない。

もしこの小説を読んだことがあるなら、ぜひあなたの解釈も聞いてみたい。

読んだことがない人にも、いつか手に取ってもらえたら嬉しい。

そして、もし僕たちが出会うことがあったなら。

あなたにとっての「25階」は、どんな場所なのか。

そんな話もしてみたい。

誰かのためのあなたではなく、あなた自身が選んだあなたとして。

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昔と違う色気で、会いたい。

10/17 00:17 更新

こんばんは、志貴です。

亀梨和也さんが、
THE FIRST TAKEで「絆」を歌っているのを観ました。

それを見ていたら、
ふと『ごくせん』を観ていた頃を思い出した。

なんだか、
つい最近のことのような気がするんですよね。

でも、
そこから随分と時間が経っている。

こういうときに、
時間の流れを実感します。

自分の毎日を振り返っても、
そんなに変わっていない気がするのに。

昔から知っている人の、
今の姿を見ると、

「ああ、僕もそれだけ歳を重ねたんだな」

と思う。

実は僕、
20歳くらいの頃から、

「亀梨くんに似てるね」

と言ってもらうことが多々ありました。

顔そのものというより、
雰囲気とか、色気とかだと思います。

もちろん、
自分で言っているわけではありません。笑

でも、
それはやっぱり嬉しかった。

そう言われると、
自然と意識するようになるんですよね。

テレビに出ていたら目がいくし、
髪型や服装も気になる。

見ているうちに、
その人自身のことも好きになっていく。

僕にとって亀梨さんは、
そういうきっかけで、
ずっと気になっている人です。

最近は、
亀梨さんに似ていると言われる機会は減って、

田中樹さんとか、
高橋恭平さんっぽい。

と言ってもらうこともあります。

この名前を並べたら、
僕の雰囲気、
少しは伝わるでしょうか。

自分で書いていて、
ちょっとハードルを上げた気もしています。笑

ただ、
昔と今で似ていると言われる人が変わるのも、
面白いなと思うんです。

顔だけではなく、
髪型や服装。

表情や、
そのときの自分の考え方。

そういうものも、
人から見た印象に出るのかもしれない。

服はシンプルになりつつありますが、

ファッションは今も好きだし、
個性的な服を着たい日もあります。

でも、
何かを足して格好よく見せることに、
前ほど力を入れなくてもいいかなと思っている。

今は、
そういう雰囲気に惹かれます。

若い頃と同じ格好よさを、
そのまま維持する必要はないかなとも思うんです。

経験して、
考え方が変わって。

その変化も含めて、
今の僕をいいなと思ってもらえたら嬉しい。

昔の自分にはなかった魅力を、
これからも増やしていきたいです。

亀梨さんを見て、
懐かしいなと思ったあとに、
そんなことを考えました。

さて。

僕が誰に似ているかは、
会ったときに教えてください。

でも、
帰る頃には、

「誰かに似ている」より、
「志貴って、こういう人なんだ」

と、
僕自身のことを少し好きになってもらえたら。

それが、
いちばん嬉しいです。

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新しいものと、いつものもの。

10/15 13:38 更新

こんにちは、志貴です。

季節限定という言葉を見ると、
少し気になります。

秋限定の飲み物。

期間限定のスイーツ。

今だけのメニュー。

普段なら選ばないものでも、

せっかくだから、
試してみようかな。

と思う。

でも、
注文する直前になると、
いつもの好きなものにも目がいくんですよね。

新しいものを選んでみたい。

でも、
確実に好きだとわかっているものも捨てがたい。

結局いつものものを頼んで、

「やっぱり、これだな」

と思う日もあります。

僕は、
新しいことを経験するのが好きです。

行ったことのない場所へ行く。

知らないものを食べてみる。

自分では選ばない映画を観る。

そうすると、
今まで知らなかった自分に
出会えることがあるから。

でも最近、

いつものものへ戻ることにも、
ちゃんと意味があると思うようになりました。

新しいものを知ったからこそ、

自分は、
やっぱりこれが好きなんだ。

と気づくこともある。

変わることだけが、
前へ進むことではないと思うんです。

人との関係も、
少し似ています。

初めて会う日は、
何もかもが新しい。

声も。

話す速さも。

隣を歩く距離も。

どんなことで笑うのかも、
まだわからない。

そのわからなさには、
初めてにしかない緊張と、
ときめきがあります。

でも、
二度目からは少し違う。

前に好きだと言っていたものを覚えている。

苦手なことを、
もう一度説明しなくてもいい。

最初より少し自然に、
名前を呼べる。

新しい刺激とは違うけれど、

「この人なら大丈夫かもしれない」

という安心が、
少しずつ増えていく。

僕は、
どちらも大切にしたいです。

毎回同じことをして、
慣れだけで時間を過ごしたくはない。

でも、
会うたびに何か特別なことをしなければ、
楽しんでもらえないとも思っていません。

前とは違う道を歩いてみる。

行ったことのないお店へ入る。

いつもとは少し違う話をする。

その一方で、

貴女が好きな飲み物を選んだり。

落ち着く距離で隣にいたり。

前と同じことで、
また一緒に笑ったりする。

新しさと、
慣れ親しんだ心地よさ。

その両方がある時間を、
一緒に作れたらいいと思います。

たとえば、
季節限定のスイーツを一つ。

いつもの好きなものを一つ。

二人で別々に頼んで、
半分ずつ食べる。

それなら、
挑戦もできるし、
外したときの逃げ道もあります。笑

関係も、
そのくらいがちょうどいいのかもしれません。

少し新しい貴女を知って。

変わらず好きな貴女にも、
また会える。

僕も、
会うたびに少し変わっていくと思います。

でも、
相手を知りたいという気持ちは、
変えずに持っていたい。

さて。

貴女は、
季節限定を選ぶほうですか?

それとも、
結局いつものほう?

今度会ったら、
二人で一つずつ選びましょう。

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その話、まだ覚えています。

10/13 14:39 更新

こんにちは、志貴です。

 

読みかけの本に、

しおりを挟む。

 

続きが気になるドラマを、

今日は一話だけにしておく。

 

秋に家で過ごす時間を考えると、

そんな楽しみ方もいいなと思います。

 

全部を一度に終わらせず、

続きがあるまま、

いったん閉じる。

 

人との会話にも、

少し似たところがある気がします。

 

たとえば、

 

気になっている映画の話。

 

買おうか迷っている服の話。

 

今度、

少し勇気を出してやってみたいこと。

 

話したその日には、

まだ結末がない。

 

でも、

次に会ったときには、

何かが変わっているかもしれない。

 

「あの映画、観た?」

 

「迷っていた服、どうした?」

 

そんなふうに、

前の話の続きを聞ける関係が、

僕は好きです。

 

何を話したかを覚えている。

 

それは、

小さなことかもしれません。

 

でも自分が何気なく話したことを、

相手が覚えていてくれたら。

 

ちゃんと聞いてくれていたんだな。

 

と、

嬉しくなると思うんです。

 

もちろん、

僕は一度聞いたことを

何でも覚えていられるわけではありません。

 

忘れてしまうこともあるし、

もう一度聞くこともあると思います。

 

それでも、

その場だけの相槌で終わらせず、

貴女の話に興味を持っていたい。

 

ただ、

続きを聞くときに、

気をつけたいこともあります。

 

「やるって言っていたよね」

 

と、

結果を確認するような聞き方にはしたくない。

 

結局、

映画は観なかった。

 

服は買わずに、

別のものが欲しくなった。

 

挑戦しようと思っていたけれど、

今は休むことにした。

 

そんな続きでもいい。

 

僕が知りたいのは、

前に話したことを実行できたかより、

そのあと貴女がどう過ごしたかだから。

 

あのときとは、

気持ちが変わったんだね。

 

今は、

そっちが気になっているんだね。

 

そうやって聞いていれば、

一度知ったつもりの相手にも、

また新しい発見があると思います。

 

僕の話も、

そんなふうに続いていったら嬉しいです。

 

この前気になっていたものを、

試してみたこと。

 

考えていたことが、

少し変わったこと。

 

日記に書いたことの、

その後の話。

 

次に会うとき、

何を話そうと一から考えなくても、

二人の間に続きを話せることがある。

 

その親しさを、

少しずつ増やしていきたいな。

 

もし貴女が、

 

「そんなことまで覚えていたの?」

 

と、

ちょっと驚いて笑ってくれたら。

 

僕はきっと、

少し得意そうな顔をすると思います。笑

 

一度の時間を楽しむことも、

その先でまた話せることも、

どちらも大切にしたいです。

 

読みかけの本を開くように、

 

「そうそう、あの話なんだけど」

 

と始められる。

 

次に会ったら、

そんな続きを聞かせてください。

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飾るものが減った、その先に。

10/12 15:04 更新

こんにちは、志貴です。

最近、
身につけるアクセサリーが減りました。

今日は、
ネックレスを一つだけ。

ブレスレットもつけていません。

指輪を合わせる日でも、
全部で二つか三つくらい。

昔は、
もっといろいろつけていたんです。

服を選んで、
それに合うアクセサリーを足して。

鏡を見ながら、
もう一つつけようかなと考える。

そういう時間も好きでした。

でも、
ここ一か月くらいは、
ピアスも外しています。

何か大きなきっかけがあったわけではありません。

ただ、

今の僕には、
なくてもいいかな。

と思うようになりました。

ファッションが好きなのは、
今も変わりません。

個性的な服も好きだし、
気分によっては、
またいろいろつける日もあると思います。

でも最近は、
毎回しっかり決めなくてもいい気がする。

少し前までは、

「危険な香りがする」

「危ない色気がある」

とよく言われてました。

そう見える自分も、
嫌いではありませんでした。

でも今は、
少し違う色気を持った男になりたい。

たとえば、
シンプルな服でも、
一緒に過ごすうちに感じてもらえる
大人の色気が出せたらいいなと思っています。

服やアクセサリーを減らすと、
そのぶん、
自分自身が見える気がするんです。

姿勢。

身体の線。

髪の整え方。

話す声や、
相手を見る目。

何を着ているかに加えて、
どうそこにいるか。

そういうところにも、
年齢の重ね方は出るのかもしれません。

もちろん、
シンプルにしたら大人になれる、
という話でもない。

何も考えずに着ることと、
今の自分に合うものを選ぶことは、
少し違うと思うから。

好きな服を着る。

身体も整える。

でも、
鏡の前で作った自分を、

守ろうとはもうしたくないのかもしれません。

貴女と話しているときは、
ちゃんと話に夢中になりたいし。

面白ければ、
格好をつけずに笑いたい。

そんなふうに過ごしていても、

なんか、この人いいな。

と思ってもらえる男でいたいです。

昔の自分も、
そのときはそれが好きだった。

だから、
否定するつもりはありません。

今は少し、
自分を見せたい形が変わってきた。

たぶん、
それだけなんだと思います。

次に貴女に会うときは、
以前より少し、
飾りが減っているかもしれません。

そのぶん、
僕を近くで見てほしいです。

アクセサリーを外したあとに、
何が残るのか。

そこはこれからも、
ちゃんと男として、自分を磨いていきたいと思っています。

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名前のつかない関係。

10/10 20:50 更新

人と人との関係には、
いろいろな名前があります。

友達。

恋人。

夫婦。

家族。

同僚。

名前があると、
その人との距離が
わかりやすくなる。

何を話していいのか。

どこまで頼っていいのか。

どんなふうに接するのか。

でも、
すべての関係が、
一つの言葉へ収まるとは限りません。

セラピストと貴女の関係も、
そんな関係だと思います。

恋人ではない。

友達とも少し違う。

でも、
一緒に歩いた景色や、
二人だけで話したことは、

確かにそこにある二人だけの時間。

 

僕は、
名前がつかないことを、
悪いとは思っていません。

むしろ、
決められた形がないからこそ、

僕たちは、
どんな時間を大切にしたいのか。

どこまで近づきたいのか。

どんな距離なら心地よいのか。

その都度、
二人で考える必要があると思っています。

 

名前のある関係には、
期待が生まれます。

恋人なら、
こうしてくれるはず。

友達なら、
ここまでは許されるはず。

でも「普通はこう」という言葉が、
目の前の相手を見えなくすることもある。

 

関係の名前だけで判断せず、

今の貴女は、
どう感じているのか。

僕は、
どう向き合いたいのか。

そこを話せる方が、
僕には誠実に思えます。

 

もちろん、
名前がつかないからといって、
何でも曖昧にしていいわけではありません。

 

形が決まっていない関係ほど、
言葉と行動で確認することが必要だと思います。

僕にできること。

できないこと。

大切にしたい時間。

貴女が望んでいる距離。

 

そこを曖昧にせず、
でも決めつけすぎずに、
関係を作っていきたい。

 

僕は、
誰に対しても同じ役を演じたいわけではありません。

よく話す二人もいる。

静かに過ごす二人もいる。

 

外へ出かけることを楽しむ関係もあれば、
落ち着いた場所で、
深い話をする関係もある。

 

どれが正解ではなく、
その二人だから生まれる時間がある。

 

もし貴女と出会えたら、
最初から関係に名前をつけなくてもいい。

まずは会って、
話して、
一緒に過ごしてみる。

 

その中で、

この人とは、
こんな時間を作っていきたい。

と思えるものを探したいです。

 

説明しにくいけれど、
自分にとっては大切。

 

そんな関係があってもいいと思うから。

 

ただ、
名前がないまま僕を呼ぶのは困るので、

そこは普通に「志貴」でお願いします。笑

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人生のループから抜けるということ

10/08 01:22 更新

※物語の内容に少し触れています。

本日は、映画『8番出口』を観た。

 

もともとゲームはやったことあったけど、映画として観てみると、僕の中に残ったのは「怖かった」という感覚より、人生って、同じところをぐるぐる回っているのかもしれない。ということだった。 

 

『8番出口』のルールはシンプルだ。

異変がなければ進む。

異変があれば引き返す。

それを繰り返して、8番出口を目指す。

 

でも映画を観ながら、これは地下通路の話だけではないなと思った。

 

人間も、よく同じことを繰り返す。

似たような人を好きになって、

似たようなところで傷ついて、

似たようなタイミングで不安になって、

そして似たような選択をする。

 

「次は違う恋愛をしよう」

と思っていたはずなのに、

気がつくと、また同じことで悩んでいたりする。

 

仕事でもそうかもしれない。

嫌だと思いながら辞められない。

環境を変えたいと思いながら、

「でも今より悪くなったらどうしよう」

と考えて、結局同じ場所に戻る。

 

たぶん人生って、

何もしなければループする。

なぜなら、

同じ人間が、

同じ価値観で、

同じ場面に立ったら、

だいたい同じ選択をするからだ。

 

だから人生を変えるというのは、

大きな決断をすることよりも、

いつもと違う選択をすることなのかもしれない。

この映画を観ながら、僕はそんなことを考えていた。

 

主人公も最初は、

困っている人を見ても動かない。

見ているけれど、見ないことにする。

自分には関係ないこととして処理する。

 

でも最後には、

同じような場面で違う行動を取ろうとする。

世界そのものが変わったわけではない。

同じ電車が走っていて、

同じように人がいて、

同じように誰かが困っている。

 

変わったのは、

主人公の選択だけだ。

僕は、ここがこの映画でいちばん好きだった。

 

人生って、案外こういうものなんじゃないかと思う。

 

景色が変わる前に、

先に選択が変わる。

 

そして、

その小さな違いの積み重ねで、

気づいたら前とは違う人生になっている。

 

僕自身も、振り返ってみると、

「普通はこっちを選ぶよね」

と言われる方向とは違う方へ行くことが何度かあった。

 

大学受験のときも、

合格した学校の中で、

単純に偏差値が高いところを選ばなかった。

 

なんとなく、

「自分はこっちだ」

と思った方を選んだ。

就職するときもそうだった。

 

初任給が27万円の会社と、

19万円の会社に受かった。

 

普通に条件だけを見れば、

27万円を選ぶ人の方が多いと思う。

 

でも僕は19万円の方へ行った。

 

その仕事の方が、

自分ができることや、

やりがいや、

その先の可能性を感じたからだ。

 

正社員として働いていた頃も、

ありがたいことに、

わりと順調な道には乗っていたと思う。 

 

そのまま進めば、

もう少し安定して、

それなりの立場にもなっていたのかもしれない。

 

でも僕は、

そこから降りた。

 

今考えると、

僕は人生のところどころで、

自分のループをわざと壊してきたんだと思う。

 

正解かどうかはわからない。

 

でも、そのたびに少しずつ、

自分の人生が自分のものになっていった感覚がある。

 

僕は昔より今の方が、

生きるのが楽だ。 

 

人生が簡単になったわけではない。 

 

たぶん逆で、

自分で決めることが増えた分だけ、

責任も増えている。

 

それでも、

「普通はこうだから」

という理由だけで生きていた頃より、

生きやすい。

 

だから僕は、

直感とか信念というものを、

けっこう大切にしている。

 

とはいえ、

全員に立派な信念が必要だとも思わない。

そんな大げさなものがなくてもいい。

 

「なんとなく好き」

「これは嫌だ」

「こっちに行ってみたい」

そのくらいでいいと思う。

 

むしろ人生に迷ったら、

いつもの自分だったら選ばない方を、

一度選んでみてもいいのかもしれない。

 

いつも我慢する人なら、

一度だけ断ってみる。

 

いつも相手から連絡を待つ人なら、

自分から連絡してみる。

 

いつも安定を選ぶ人なら、

少しだけ冒険してみる。

 

逆に、

いつも無理をして頑張る人なら、

一度休んでみる。

 

重要なのは、

何が正解かということより、

自分が無意識に繰り返している選択に気づくことなんだと思う。

 

『8番出口』に出てくる「異変」は、

地下通路の中ではわかりやすい。

 

壁がおかしい。

人がおかしい。

水が流れてくる。

 

でも現実の異変は、

そんなにわかりやすくない。

 

「最近、この人といると少し苦しいな」

とか、

「本当はこの仕事をもう続けたくないな」

とか、

「昔は好きだったのに、今は違う気がするな」

とか。

 

そのくらい小さな違和感として現れる。

 

でも僕たちは、

意外とそれを見なかったことにする。

 

まだ大丈夫。

みんなこんなもの。

私が我慢すればいい。

そうやって進んで、

気がつくとまた同じ場所に戻っている。 

 

だから映画の中の

「異変を見逃さないでください」

という言葉は、

人生にもそのまま使える気がする。

 

自分の中に起きている異変を、

見逃さないこと。

 

そして、

気づいたなら、

いつもと同じ方向へ進まないこと。

 

映画には少年が出てくる。

主人公の未来の子どもではないか、

という解釈もあるらしい。 

 

僕自身は、

そこまで直接的な存在ではないように感じた。

 

僕にはむしろ、

主人公が今まで見ないようにしていた「他人」の象徴のように見えた。

 

最初の主人公は、

自分に関係のない人のことなら、

見ないふりができる。 

 

でも少年と一緒に行動するうちに、

その誰かを守ろうとする。

 

自分だけ出口に行くのではなく、

他人と一緒に出口を探す。

そこに彼の変化があるように感じた。

 

セラピストという仕事をしていると、

人の「繰り返し」に触れることがある。

 

同じような恋愛で傷つく人。

いつも相手を優先しすぎる人。

本当は嫌なのに笑ってしまう人。 

 

「私はいつもこうなんです」

という言葉を聞くこともある。

 

でも僕は、

その「いつも」は、

その人そのものではないと思っている。

 

ただ、

何度も同じ選択をしてきただけなのかもしれない。

 

だったら、

次の一回だけ違う選択をすればいい。

 

人生そのものを変えようとすると、

途方もなく大きく感じる。

 

でも、

次に同じ場面が来たとき、

一回だけ違うことをしてみる。 

 

それならできるかもしれない。

 

そしてその一回が、

意外と人生の出口になるのではないか。

 

人間は、

同じ場所を何度も通る。 

 

恋愛でも、

仕事でも、

家族でも、

自分自身との付き合い方でも。

 

でも、

同じ場所を通ったからといって、

同じ人生になるとは限らない。

 

選ぶものが違えば、

その先は変わる。

 

だから僕は、

人生に迷ったとき、

「正しい方はどっちだろう」

と考えすぎなくてもいいと思っている。 

 

それより、

「自分は本当はどっちへ行きたいんだろう」

と考えたい。

 

みんなが右へ行くなら、

左へ行ってみてもいい。

 

失敗してもいい。

遠回りしてもいい。

 

たぶん大抵のことは、

なんとかなる。 

 

そして失敗だった出来事も、

その先でどう捉えるかよって、

失敗ではなくなることがある。

 

人生には、

地下通路みたいに、

「こちらが正解です」

と書かれた出口はない。

 

それでも、

自分の中の小さな違和感に気づいて、

いつもの自分とは少し違う一歩を選ぶことはできる。

 

もしかすると、

人生のループから抜けるというのは、

どこか特別な場所へ行くことではないのかもしれない。

(僕と出会うことかもしれない…笑)

 

同じ場所で、

違う自分を選ぶこと。

 

その瞬間から、

出口は始まっているのだと思う。

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