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写メ日記

全129件中31~40件を表示

龍生の投稿

雨と光と、終わりのない始まり

10/12 17:20 更新

現実逃避で弱っていく細胞
何も持たないと思ったけど
生きていく才能が
あっけなく僕を生かした

太陽が雲の隙間から覗く
けれど僕は
何度もそっぽを向かれた

びしょ濡れの夕方
雷が響く中
何も考えずに自転車を走らせた

空と木のあいだに見えた閃光が
絶望と見わけつかない
虚しさに変わる

濡れた靴下を脱ぎ
手の中の温かさを感じる
踏んだフローリングが
優しい音を奏でた

寝転んだ芝生から見上げた空
太陽の匂いが
思い出をかすめていく

雲に隠れても
そこにいると知っている

風で白いカーテンが揺れ
胸に触れた雫が
星の中の思い出に溶けていく

――雨と光のあいだで
息をしている
それだけで
少しだけ前に進める気がした

6598

ピアノとトラップと、実力至上主義

10/11 00:29 更新

子供の頃
怖い音楽の先生がいた

学校の音楽がよくわからなくて
何度も怒られた僕は
次第に宿題をするのが嫌になり
わざとやらずに行くようになった

僕は
宿題をやらない唯一の生徒として
先生に覚えられていた

ある日
先生が言った
「宿題を全部やらないと
卒業させないよ」

怖くて
放課後の教室に残った
先生と二人きりで
静かな時間が流れた

僕は黙って
一枚ずつ宿題を終わらせていった

全部終えたあと
先生がふと
窓の方を見ながら言った

「実はね
先生は遠くに行くことになって
もう明日で学校を辞めるの」

その声は
これまでと違う柔らかさを帯びていた
顔には
今まで見たこともない笑顔と穏やかな顔

そして先生は
少しだけ楽しい話をしてくれて
ピアノを弾いてくれた
放課後の光が音に変わるようだった

僕は少し悲しかった
けれど
初めて先生と学校が
少しだけ好きだと思えた

――時は流れ、

僕は会社員になった

実力があっても報われない
成果と努力が釣り合わない世界

上司に好かれた者だけが
上へと昇っていく
そんな構造の中で
僕はいつの間にか
人を駒のように扱うことに慣れていった

それが組織という名の現実だった

――実は僕は
会社とは別に
国家が秘密裏に運営する

「高度能力育成学校」

に通っていた

表面上は“誰にでもチャンスがある”社会
けれど実際には
生まれ持った環境と性格と能力の差があり
その差をどう使うかがすべてを決める

この学校は
その差を究極にまで活かすことを教える
“実力至上主義”の場所だった

学園長は頭が良く冷静で
「平等とは幻想であり
能力が重要である」ことを教えてくれた

――翌日学校に行くと
いきなり校内放送が大音量で流れた
学園長の声だった

「これから脱出ゲームをしてもらいます」
「校門まで到着すれば成功
将来の社会的成功が約束されるでしょう」
「出られなければ失敗
退学――それは死を意味します」

生徒たちは数人のグループに分かれ
我先にと校門を目指して走り出した

だが
トラップが牙を剥き
爆風と悲鳴が交錯する
金属片が壁をえぐり
床が沈み込む音が響いた

僕はそれを予想していた
最初に動けば負けだと知っていた

脱出という名の試験に
トラップが仕掛けられているのは当然だった

僕は仲間を集め
司令塔となり
脱出のフォーメーションを組んだ

「前列は確認
中列は支援
後列は警戒」

これでトラップは完璧に回避できるはずだった

しばらく進み
あともう少しで校門というところまで来た
少し安堵したその時

仲間の一人が地雷のトラップに引っ掛かり
大怪我を負った

校門は目の前にあった
あと一歩で成功が掴める距離

「社会的成功を掴み取りたい」
そう思った僕は
怪我をした仲間を置いて
仲間に再度フォーメーションを組み直させて
前に進もうとした

その時
誰かが呟いた
「こんな成功はいらない」

僕はその場の凍り付く緊張感から
一瞬思考停止した

ポケットに思わず手を入れる
指先に触れたのは
子供の頃あの先生と解いた宿題の紙だった

聞こえないはずのピアノの音が
頭の中で鳴り響いた

身体の中に電流が走った
僕は怪我をした仲間を背負い
先頭を進んだ

「たぶん真の実力とは
他人を理解し前に進むことなんだろうな」

僕は呟いた

振り向くと
仲間たちが笑っていた
あの先生のように
優しく穏やかに

学園が仕掛けたトラップは
もはや敵ではなかった

僕たちは校門までたどり着き
このゲームに勝利した

――人は誰かに認められたいと願う
それは弱さではなく
生きることの証だと思う

世界は不平等で不条理
それでも
その中で“どう生きるか”を選ぶのが人

真の実力とは
「自由と孤独を受け入れ
それでも他者と関わる覚悟」
のことなんだろう

ピアノの音が
また遠くで響いていた
放課後の夕陽が
静かに沈むあの教室のように
誰もいない校舎に
優しい余韻だけが残っていた

6598

異能と虎と、万年筆の記憶

10/08 23:48 更新

子供の頃
僕は漫画を描くのが好きだった

万年筆を買ってもらい
紙の上に夢を描いていた

ペン先から滲むインクが
世界を黒く塗ることも
まだ知らなかった頃

やがて万年筆は壊れ
インクは絵ではなく闇を描き始めた
滲んだ線が心の奥まで広がっていった

――時は流れ
僕は会社員になった

結果を出しても
上司には扱いづらい人間と言われ
部下には尊敬と恐れの目で見られた

昇進にも興味はなく
ただ“自由に生きたい”という思いが強かった
死んだように働く人々の中で
僕は“生きる”という意味を探していた

けれど
僕にはもうひとつの顔があった

闇の組織と戦う異能探偵社
その名はヘイヴン

対する敵はアビス
裏社会を支配する闇の支配者で
政治と暴力を操り
人々を支配していた

僕の異能は
“異能力を無効化する力”

万年筆のインクが闇へと変わり
触れた者の力を包み消し去る

それは最強の力であり
同時に誰も救えない能力だった

全ての力を消せる代わりに
自分の存在価値さえも無効化してしまう

ある日
街角で絵を描く男に出会った

小さな女の子を描くその手は優しく
どこかで僕と同じ“生きる意味”を探しているように思えた

僕は思わずその絵を写真に撮った

――その夜 ヘイヴンから指令が届く
港の倉庫でアビスの兵器取引を阻止せよ

倉庫に潜入した僕は息を呑んだ
アビスの一員の中に
昼間の絵描きがいた

取引が始まる
床には並べられた兵器
僕はタイミングを見計らい
インクを放つ

黒い波が闇を飲み込み
アビスの構成員たちが次々と倒れていく

だがその瞬間
天井が砕け
巨大な虎が飛び降りた

咆哮が空気を裂く
その目は獣――いや 人間の悲しみを宿していた

僕は気づいた
あの虎はあの絵描きの異能の化身だと

鋭い爪が閃き
コンクリートが砕ける
熱風と粉塵が渦を巻く

僕はかろうじてかわしながら
傷だらけの身体で立ち上がる

スピードが速すぎて
インクを当てる隙がない

――その時
ポケットの中の写真が指先に触れた

絵描きが笑っていた
あの少女の絵

僕は震える手でその写真を掲げた

虎の動きが止まる
一瞬の静寂

僕はその隙に万年筆を振る
黒い闇が閃光のように走り
虎を包み込んだ

闇の中で
彼の意識が僕の中に流れ込んでくる

――誰かを救いたかった
――でも自分の中の制御できない獣が怖かった

その声を聞いた瞬間
胸の奥が熱くなった

僕は思い出す
子供の頃の自分を
あの頃の僕は
闇ではなく夢を描いていた

「誰かのために生きる」

その言葉が
まるで光のように胸に差し込んだ

万年筆のインクは再び絵を描き出した
闇ではなく 希望の輪郭を

彼の姿は虎ではなく
優しい絵描きに戻っていた

世界は静かだった
港の風が 少しだけ優しく吹いた

「誰かのために生きる」
彼の意識が僕の中に流れ込んだことで
僕の生きる意味が見つかった

戦っているのは敵ではなく
それぞれの心の闇だということ

その痛みを受け入れたとき
人はようやく“自分として生きる”ことができる

僕は今日も万年筆を手に
闇の上に光を刻んでいる

6598

影と陰と、実力者ごっこ

10/07 04:27 更新

子供の頃
トランポリンで跳ねていた

宙を舞い
バク転もバク中も出来た

身体は“原子”のように軽く
宇宙までも飛べる気がしていた

けれど体が大きくなるにつれて
思うように跳べなくなり
風の重さを知った

宇宙を飛ぶ夢も
いつの間にか見なくなっていた

――時は流れ
僕は会社員として働いていた

結果を出しても
上司と合わない僕は
昇るよりも 隠れることを覚えた

その他大勢の影の中
平凡で 目立たず
世界から見たら
僕は小さな「原子」だった

けれど僕には
誰にも言えない“もうひとつの顔”があった

仲間と作った秘密結社――
「シャドウ・エデン」

陰で悪を討ち
悪事を働く“ディアブロ教団”と戦っていた

ディアブロ教団は
廃墟と化した教会に潜み
そこを拠点として活動していた

表では政治を操り
陰では人々に呪いをかけ
悪魔に変えて支配を広げていった

僕たちも表では
目立たない存在のまま
陰に潜み 影を討つ者として
――という空想の世界をつくり ロールプレイングゲームのように
仲間たちとヒーローごっこを楽しんでいた

――その日も
あの廃墟の教会に集まり
空想の続きを語っていた

だが突然、
奥から「ガタン」と音が響いた

入り口の扉が閉まり
闇の奥から
“何か”が近づいてくる

禍々しい気配
焦げた空気
そして、現れたその姿――

魔王と呼ぶに相応しい怪物だった

その巨腕が振り下ろされ
床が砕け、石片が宙を舞う
黒い炎が渦を巻き
仲間たちの悲鳴が空間を裂いた

熱風が吹き荒れ
瓦礫が弾丸のように飛び交い
教会の壁が崩れ落ちていく

僕は叫んだ
「これはただのごっこ遊びだ!」

だが、魔王は笑った

その瞬間、
胸の奥で何かが弾けた

――あの頃の記憶が蘇る

「どこまでも飛べる」と信じていた
あの日の僕が目を覚ました

そして気付いた
世界が、自分を見つめていることに

僕は静かに呟いた
「I am the Core.」――我は核心

体の奥にある核(アトム)が光を放つ

世界が静止し
空気が震え
光が膨張した

轟音、閃光、そして白の奔流

空間が捻じれ
街の景色さえも歪む

それは――
核爆発を凌駕するほどの光

全てを呑み込みながら
音が消え
世界は静寂に沈んだ

次の瞬間、
僕は立っていた

陰でこっそり
世界を操る実力者ごっこをしていたら
気付けば 本当に
世界の中心に立っていた

行き交う人の中で
重なり合う影

埋もれて
世界から見放されていた自分が
静かに宣言した

「世界の中心は、僕だ」

言葉の魔法は現実を変え
自分の憧れる存在を現実にし
核でも蒸発しない世界を作る

その世界は今もどこかで続いている
静かに光を跳ね返しながら
新しい夢の軌道を描いている

そしてその夢の先で
僕はまだ、跳ね続けている

6598

街と彗星と、抱えた花びら

10/05 23:18 更新

抱えた花びらは鮮やかに落ちていって
街の匂いに溶けこんでいく

想い出は色になっても美しく
愛は幻影となって
今日も見える
視線の先の曖昧な光

胸の奥で
風が擦れた
名前を持たない感情が
夜の底で静かに軋む

夜行性のあの街
横断歩道を走って
見上げた空には彗星が彩る

数千の煌めきが儚く散って
滲んで消えていった

洒落てる音楽でステップを踏むほどに
温もりは満たされなくて
ため息が音に変わっていく

夢で逢って過去になる記憶
時計の針が進んで
微睡む幻想の蓋を開けて
偶然が呼び寄せた
何億年も前の星屑が降りそそぐ

惑わされて眠っている街を背にして
夢の中のメロディーに逢いに行く

花びらのように
欠けていた光が
そっと形を取り戻した

終わりのない始まりを
今日も、静かに繰り返している

6598

ショベルカーと意識と、奪われた名前

10/04 02:39 更新

子供の頃
空き地に錆びたショベルカーが放置されていた

今では考えられないけれど
僕はそれに乗ることができた

強そうなものに乗ると
まるでその力が自分に乗り移り
自分まで強くなった気がした

巨大なロボットにまたがるようで
胸が高鳴った

――時は流れ
僕は会社員となり
学歴も肩書も眩しい人々に囲まれた

大きな仕事を任されても
心の奥では
不完全な自分を隠すために
虚勢ばかり張っていた

今日も知っている単語を並べて
やりきった感と喪失感を同時に抱き
出口の見えない迷路を歩いていた

けれど僕には
ひとつの秘密があった

数秒だけ
他人の意識に入り込むことができる
その目に映る景色や
考えを盗み見ることができた

僕は「Aegis(イージス)」という組織に所属していた
能力を悪用しようとする者を防ぐ
それが僕の役割だった

敵対するのは「Dominus(ドミナス)」
能力者を資源としか見ず
徹底的に研究し
兵器として量産することを目的とする
冷酷な組織だった

その日も
街を歩いていると
ドス黒い意識が
微かに空気に触れた

視線の先
そこにはまだ若い女性がいた
高校生くらいだろうか

僕は能力を発動し
彼女の意識に入り込む

意識の奥から流れ込む情報――
彼女は“ボマー”
自爆の能力者だった

さらに深く潜る
背筋に寒気が走る

彼女は見上げたそのビルを
自爆で破壊しようとしていた

よく見ると周囲には
仲間らしき影が数人いた
そのひとりの意識に触れると
彼女が脅され
爆破を強制されていることがわかった

「こいつらDominusだ」
僕は呟いた

彼女を止めなければ――
直感が告げる
強く入り込めば
能力を抑えられるかもしれない

僕は強く念じた

その瞬間
彼女の体が光を放ち
爆発が起きた

轟音が耳をつんざき
火花が散り
ガラスが一斉に砕け落ちる

建物全体が崩れるのではと錯覚したが
破壊されたのは一階部分だけだった

「パワーが足りない、なぜだ!」
Dominusの連中たちが叫ぶ

僕は気付いた
彼女の能力を奪い
半減させていたことに

彼女を救いたかった
その思いが
僕の能力を極限まで目覚めさせた

僕の能力は
意識に入り込むだけではなく
相手の能力そのものを奪うことが出来る力に
変化していた

僕は強烈に念じた

空気が震え
風が嵐のように渦を巻く
稲妻が駆け抜けるような衝撃が走り

Dominusの能力者たちは次々と吹き飛んだ

その瞬間――
僕は彼らの力を“奪った”

抵抗する意識を
無理やり引きはがし
掌で掴み取るように
自分の中へ引きずり込んだ

彼らの能力が
彼らの記憶が
奔流のように流れ込む

力を失った彼らは
能力を失い混乱して
蜘蛛の子を散らすように逃げ去った

僕は倒れそうになりながら
彼女を見た

身体は震えていたが
かろうじて、生きていた

安堵が胸を満たした瞬間
視界が暗転し
僕は意識を手放した

――気付くと
見知らぬ街を歩いていた

自分の名前が思い出せない
あの夜、Dominusから奪ったすべての力と意識が
僕の中に入り込み
自分が誰かわからなくなっていた

でも僕は
本当の自分に戻れるとわかっていた

あの時、彼女を救いたいと思った心は
能力や力の強さではない

ただ純粋に
今までの人生を歩んできた
自分の心だったから

6598

ラジオと未練と、光の学園

10/03 11:42 更新

子供の頃
学校が終わると連れて行かれたのは
親の知り合いの家

東大出の野球選手になれと
空き地でバットを振らされ
間違えば往復びんた

テレビを見た記憶はほとんどなく
友達の話題にもついていけなかった

楽しいはずの時間に
楽しい記憶は消えていた
死後の学園にいるようだった

唯一の救いは
寝る前に耳を澄ませた
ラジオの音楽だけ

――大人になって

会社では歯車のひとつとなり
反発を恐れて
痛みのない毎日を繰り返していた

けれど子供の頃の未練を忘れられず
仕事終わりに通い続けた学校があった
夢を抱えた人々が集う場所
そこに触れていたかった

ある日
音楽を聴きながら帰路につき
背後の車に気づかず
間一髪でかわした

地面に倒れ込み
傷は浅かったが
心には影が落ちていた

――翌日、学校の景色は変わっていた

校舎はどこか歪み
記憶と違う輪郭をしていた
教室に入ると生徒は数人しかおらず
奇妙な静けさが漂っていた

やがて教壇には
見知らぬ、天使のように美しい若い女性が立っていた

「未練が残っているのは
あなたたちだけね」

その声と同時に
女性の手には長剣が現れ
鋭い光を放ちながら振り下ろされた

床を裂く衝撃
仲間の叫び声
僕たちはバラバラに逃げた

次々と倒れていく仲間たち
息も絶え絶えに走り
教室に駆け込み
壁に背を預ける

目を閉じて、開けると
そこに立っていたのは天使
長剣をこちらに向けていた

「未練があるのは
もうあなただけのようね」

刹那
頭に閃く光景
――車の衝突音
僕はあの時、確かにひかれた
ここは死後の世界なのだと

背後に崩れ落ちると
そこにはあのラジオがあった
寄りかかりながら
僕は呟いた

「やっと思い出した
自分のやりたかったことを」

天使に向かって叫ぶ
「戻らせてくれ!」

天使は静かに頷き
長剣を振り下ろす
刃は優しい光となり
僕を包み込んだ

――目を開けると
病院のベッドの上だった
車にひかれ
生死を彷徨っていたらしい

子供のころから
僕は周囲の基準で生きてきた
けれど寄りかかっていたのは
いつもラジオから流れる音楽だった

優しく
時には激しく流れる音は
未練を抱えた人生を肯定し
僕自身の物語を
静かに紡ぎ始めていた

その音楽は
これからも僕に寄り添い
まだ見ぬ物語を
光のように照らしていた

6598

ひまわりとペダルと、寄りかかったラジオ

10/02 05:39 更新

ないものをねだって
あともう少しと手を伸ばす
茹だるような夕暮れに
イヤホンからこぼれるメロディー

気だるく口ずさみながら
幼い頃の街を漂う
ベッドに寄りかかったラジオ
巻き戻して繰り返したテープ

西日の窓辺に浮かぶ
咲き誇る前のひまわり
花火のように消えていく
儚い時間の残像

掴みきれない空白が
胸の奥で揺れている

太陽に向かって
必死にペダルを漕いで
汗が光の粒となり
夕暮れに溶けていく

進むたび
ひまわりの影は伸び
夕暮れに溶けたメロディーが
遠くで揺れていた

6598

稚魚と雹と、スター・バースト

10/01 02:49 更新

子供の頃
押し寄せる波と砂を掴むと
手の中に小さな透明の稚魚がいた

輝くその姿は
まるでダイヤのようで
僕は夢中で砂をすくい続けた

夜空の星の下
手のひらの稚魚は
七色に光っていた

やがて気づいた
僕には秘密の能力があることを
海辺の星空の下で砂を掴むと
タイムワープが出来る能力だった

タイムワープは一瞬で
しかも数秒前にしか戻れない
そして波のようにすぐに元の時間に戻される
戻る場所は思い浮かんだ場所に戻ることが出来る
不完全な能力だった

僕は会社員として働き
成果を出しても上司の一言で砕かれた
心は固定された色に染まり
夢を掴もうとしても
手の中には砂だけが残っていた
空を見上げても降ってくるのは埃だけだった

実は僕は会社員の他に
あるスパイ組織で活動していた
通常では解決できない
国家を脅かすような特殊事件を扱う組織だ

ある日告げられた任務は
人類滅亡を招く最悪の兵器計画の阻止 だった

それは巨大なダイヤを氷の核にして
異常に強力な雹を生み出し
世界を壊滅させる気象兵器
「スター・バースト計画」

この計画を企てているのは
世界を一度壊滅させて
一から平和を築こうとする
狂った理想集団「ルナティクス」

僕はルナティクスの本拠地に潜入した
そこは薬品と兵器と配管が入り組む
巨大な研究施設だった

気配を殺し
最新のセキュリティ網をすり抜け
巨大なダイヤのある部屋へ近づく

だがその瞬間
足元を走る赤いレーザーに
わずかに触れてしまった

警報が轟き、サイレンが咆哮する
赤い光が施設を満たし
重装備の警備隊が次々と現れる

銃口と監視レーザーの照準が
一斉に僕へと向けられ
鋼鉄の扉が閉ざされた

僕は逃げ場を失い
瞬く間に取り押さえられ
頑丈な鉄の檻へと
囚われてしまった――

どれほど時間が経っただろうか
鉄格子の前に現れたのは
ルナティクスのリーダーだった

「これからお前を処刑する」
「一つの都市が壊滅するのを見ながら死ぬがいい」

夜、僕は海辺へ連れ出された
研究施設の発射台が
空に向かって照準を合わせる

後頭部に銃口が押し付けられる
僕は空に星が輝き
足元に砂があるのを確認した

この緊迫した状況の中
頭の中である作戦を思いつく
出来るかわからない
だがイチかバチかだ――

「よし、発射しろ!」
リーダーの声が響き
レーザーが天空へ放たれた

星空は一瞬にして
無数の雹で真っ白に覆われた

「今だ」
僕は呟き、砂を掴んだ

星空を見上げ
強く念じる

「空全体の雹を
研究所の上空に戻せ!」

僕の体と空が震え
光が奔った

次の瞬間
数秒の巻き戻しが起こり
研究所の上空に
大量の雹が出現した

雷鳴のような轟音とともに
雹の奔流は地を叩きつけ
鋼鉄の研究所を容赦なく砕いた

建物がきしみ、崩れ落ち
制御装置が爆ぜて火花を散らす
鉄骨が軋む悲鳴と
ルナティクスの断末魔が
夜の海に響き渡った

僕は遠く離れた海岸で
それを見届けていた

ふと手の中を見ると
あの透明な稚魚がいた
僕はそれをそっと海に返す

稚魚は星空に照らされて
七色に光りながら
波間へと消えていった

危機的な状況で掴んだ砂のかたまり
手の中に残ったのは
小さく透明な宝石だった

チャンスは波のように押し寄せる
宝石は夜空に照らされ
七色に光り
僕の心を映し出していた

そしてその輝きは
未来へ進むための光となり
止まっていた物語を
再び動かし始めていた

6598

物語とスペルと、止まった物語

09/30 01:10 更新

子供の頃
本屋で大好きなシリーズの本を予約した

店長は僕の言葉を素早く紙に記す
よく見ると普通の文字じゃない
「これは速記だよ」と大人が教えてくれた

僕の目には
その文字は魔法の呪文のように映っていた

しかし数日後の連絡は
在庫なし、入荷予定なし
パズルのピースが欠けたように
物語は完成しないまま止まった

大人になり、会社員となった僕の言葉も
上司の一言で砕かれ
万人受けの形に矯正されていく
自分ではなくなる恐怖に
物語は再び、止まったままだった

けれどある日
子供の頃の記憶が蘇る
自分の物語を完成させたい――そう願った

僕は会社員の他に
実は ウィザードを狩る「ウィザード・スレイヤー」でもあった

ウィザード――
人の姿をした異形の者
呪文を唱え、火と闇を操り
強盗、殺人、破壊を繰り返す存在
それを倒すことが、僕のもうひとつの仕事だった

物語を完成させるために
僕はネットであの本を探しまくった
しかしいくら探しても見つからない
「表のサイトでは見つからないか」そう考え
裏の闇サイトへアクセスした

そこで知る
闇オークションに出品されるという情報
危険レベルはSSS
しかも、最凶のウィザード盗賊集団
「シャドウ・トループ」が狙っているという噂

それでも僕は申し込んだ
使命に駆られるように

オークション会場
屈強なセキュリティが並ぶ中
進行する競り
そして――あの本が姿を現した瞬間

轟音とともに扉が吹き飛ぶ
現れたのは「シャドウ・トループ」

「その本をよこせ!」

セキュリティが魔法障壁を展開し
電撃のランスを放つ
閃光が闇を裂き
会場全体に轟音が響いた

だが盗賊の呪文は強力だった
炎の奔流がぶつかり合い
障壁は次々と砕け散り
セキュリティは次々と焼かれていく

焦げる匂いと悲鳴
火花と破壊の残響
緊張が肌を切り裂いた

僕は叫ぶ
「強すぎる!」

セキュリティは倒れ伏し
魔法障壁は崩れ去る
会場の中央に置かれた「あの本」だけが
静かに光を帯びていた

炎の柱が視界を裂き
破片が飛び交う中
僕は身体を低くして駆け出した
肩をかすめる火球
耳を裂く轟音
床を叩き割る衝撃波

それでも
ただ一心に
あの本へ向かって――

ついに僕は両手で掴み取った
全巻揃った瞬間
手の中で光が溢れ出した

頭に流れ込む、言葉の記憶
盗賊たちが呪文を放とうとした瞬間
リーダーが血走った目で叫んだ
「貴様!その本をよこせ!
お前ごと焼き尽くしてやる!」

僕は空間に大きく円を描いた
指先から奔る光が火花のように散り
輪は震え、唸りをあげて拡大していく

轟音とともに
幾重にも重なった光の円環が放たれ
盗賊たちの呪文を飲み込み
炎も雷も闇の槍も
次々と砕かれ、呪文は無効化されていった

会場全体が閃光に包まれ
床が震え、空気が爆ぜる
呪文は叫び声ごと吹き飛ばされ
盗賊の身体は光に裂かれ
影の残像となって霧散していく

「スペル・クラッシャー……!」
盗賊のリーダーが恐怖に震える
「なぜその魔法を……!」

断末魔の絶叫とともに
「シャドウ・トループ」は飲み込まれ
光の奔流の中で完全に消滅した

僕は静かに呟く
「恐怖の呪文はもう通じない」
「物語は、自分の言葉で創っていく」

残されたのは
子供の頃から探していた本
そこには言葉の記憶が詰まっていた

自分の言葉で創る呪文は
まだ見ぬ物語へ進むための光

止まっていた物語は
ようやく動き出した

閉ざされたページがめくられ
失われた章が再び綴られる

その言葉たちは
恐怖を越えて進む光となり
まだ見ぬ未来を照らしていた

そして僕は知った
物語は終わらない
自分の手で紡ぐ限り――

6598

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