本業の打ち合わせしてました!
賢人です!
「対岸の父」というドキュメント
自分の父親が性的マイノリティや日本に住んでる外国人に対して差別的な発言をしていて、今の時代にそぐわない人間になってしまい自分と父親の心の距離や考え方が離れていってることへの不安や葛藤が映し出されていました。
出てる人たちは父親の差別的な発言(自分の娘がパートナーとして女性を連れてきたら頭を抱える、日本に住んでる外国人は日本の制度をいいように使ってる人や日本の常識を壊してしまってる人がいるなど)をありえない悲しい憤りを感じる縁を切りたい、、と言っていた
個人的には「差別」はよくないけれど「差別」することも人間に備わった自己防衛本能だったり、その人の考えを映し出す鏡が「差別」の仕方だったりすると思うので、「差別」がダメだというのが「差別」なのかな?とも思ったりします。
関西弁で怒鳴られてから関西弁を話す人が怖くなって関西人が怖くなったとか「差別」をしてしまう理由を紐解くともっとお互いに寄り添える気がする。
「差別」はダメだよ、、って言えば良い感じだけどある意味無責任で心のない発言な気もします。






















































































































