大人になると、下手なことを始めにくくなる。仕事ではある程度できることを求められるし、できないところを人に見せる機会も減る。
趣味は、上達しなくてもいい数少ない場所だと思っている。誰に評価されるわけでもないし、締め切りもない。三回目でやっと普通になっても、それで誰も困らない。
僕はこの仕事を始めたころ、下手な時期がつらかった。お金をもらっている以上、下手でいることが許されない気がしていた。
だから今、仕事と関係のないところで下手なことをやっている人の話を聞くと、少しうらやましい。
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09/28 09:03 更新
大人になると、下手なことを始めにくくなる。仕事ではある程度できることを求められるし、できないところを人に見せる機会も減る。
趣味は、上達しなくてもいい数少ない場所だと思っている。誰に評価されるわけでもないし、締め切りもない。三回目でやっと普通になっても、それで誰も困らない。
僕はこの仕事を始めたころ、下手な時期がつらかった。お金をもらっている以上、下手でいることが許されない気がしていた。
だから今、仕事と関係のないところで下手なことをやっている人の話を聞くと、少しうらやましい。
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09/27 09:44 更新
自分の努力でどうにもならないものが、体には多い。気圧、気温、湿度。どれも本人の心がけとは無関係に影響してくる。
それなのに、体調が悪いと本人の管理不足みたいに扱われる場面がある。あれは、原因が見えないものを誰かのせいにしたい気持ちから来ているのだと思う。
天気のせいにできる、というのは、むしろ健全なことだと思っている。全部を自分の責任にすると、逃げ場がなくなる。
台風が来ているから調子が悪い。それでいい。過ぎれば戻る。
戻るとわかっているものは、そこまで怖くない。怖いのは、いつまで続くかわからないもののほうだ。
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09/25 08:36 更新
しんどい状態が長く続くと、それが標準になる。毎日頭が重いとか、肩が上がらないとか、そういうものを異常だと思わなくなる。
そして、たまに調子がいい日が来ると、逆に違和感を覚えたりする。いつもと違うから、落ち着かない。
これはけっこう厄介で、自分だけでは気づけない。他人に触られるとか、休みが長く取れるとか、外からの何かがないと、基準がずれていることに気づく機会がない。
だから、調子がいいときの自分をちゃんと覚えておくのは意外と大事だと思っている。ここまでは戻れる、という目印になる。
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09/23 08:23 更新
同じものを長く見ていると、判断がつかなくなる。眼鏡でも、服でも、書いた文章でも。最初にいいと思ったはずなのに、途中から何が良かったのかが消えていく。
これはたぶん、見ているうちに基準のほうが動いてしまうからだと思う。比較する対象が増えると、最初の印象が薄まる。
だから僕は、迷ったら一度離れることにしている。店を出て、別のことをして、それでも思い出したら買う。思い出さないものは、たぶん要らない。
とはいえ、その場で決めないと売り切れることもあるので、いつもうまくいくわけではない。逃したものも何度かある。
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09/21 08:47 更新
何かを始めた直後は、やる気が一番高い。だから飛ばす。そして潰れる。この流れは、たぶん誰もが一度は通る。
やる気は資源みたいなもので、最初に大量にあるぶん、使い切ると補充が難しい。しかも、やりすぎて体を痛めると、再開のハードルが物理的に上がってしまう。
だから、始めたばかりのころにあえてペースを落とせる人は、うまく続く。いま出せる力ではなく、三ヶ月後も出せる力に加減している。
僕はこれが下手で、興味を持ったものに一気に時間を使って、飽きるか疲れるかで終わることが多い。植物だけは水やり以外にやることがないので続いている。
やることが少ない趣味を選ぶ、というのも一つの手かもしれない。
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09/20 09:28 更新
問題そのものは片づいているのに、頭の中だけ終わっていない、ということがよくある。謝って、直して、相手も気にしていないのに、自分の中では再生が続く。
たぶん、恥ずかしさのほうが問題より長生きするのだと思う。実務は締め切りがあるから終わるけれど、感情には締め切りがない。
これを忘れる方法は、僕もよく知らない。忘れようとすると、その分だけはっきり思い出す。
ただ、時間が経つと再生の頻度は確実に減っていく。一年前の失敗を毎晩思い出す人はあまりいない。効くのは対策よりも、単に日数な気がする。
だから、思い出してしまう時期はそういう時期だと思って、やり過ごすしかないのかもしれない。眠れているなら、それでだいぶいい。
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09/18 08:07 更新
眠いのは怠けているからだ、と教わって育った人はけっこう多いと思う。だから、眠いこと自体に罪悪感を持つ。
でも、眠気は体からの要求であって、性格の問題ではない。特に、忙しい時期を抜けたあとや、季節が変わったばかりのころは、体が回復のために時間を要求してくる。
動物は寒くなる前によく食べて、よく眠る。人間もそこまで違わないのだと思う。九月から十月にかけて眠いのは、わりと自然なことだ。
問題は、それを許す時間が生活の中にあるかどうかで、そっちのほうがよほど難しい。平日に十時間寝られる人はほとんどいない。
だから、休みの日に寝すぎたと落ち込む必要はない。そこで取り返しているだけの話だから。
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09/17 08:07 更新
出かけるのが好きかどうかと、出かけられるかどうかは別の話だと思う。行きたい気持ちはあっても、そこにたどりつくまでの工程が多すぎると、家にいるほうを選んでしまう。
電車が混んでいる、人が多い、並ぶ。どれも致命的ではないけれど、積み重なると出発前から疲れる。しかも、その疲れは他人から見えないので、出不精と片づけられやすい。
僕もどちらかというと、そのタイプだ。行った先は楽しい。でも、行くまでを考えると腰が重い。
だから、家にいたという休日を、負けみたいに扱わなくていいと思っている。休むために休みがあるのであって、消化するためのものではない。
とはいえ、家にいると何もしていない気になるという感覚は、僕にもある。あれはどうにかならないものかと、毎年この時期に考えている。
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09/16 08:01 更新
予定がなくなると、まず少しがっかりする。そのあとで、じゃあ何をしようかと考えはじめる。この切り替えに、毎回同じくらいの時間がかかる。
自分から作った空き時間と、勝手に空いた時間では、使い方が違う気がする。勝手に空いたほうは、なぜかうまく休めない。何かしなきゃという気持ちが残ってしまう。
結局、掃除みたいな、やらなくてもいいけどやると気分がいいことをやることになる。あれは時間の使い方として優秀だと思う。頭を使わないし、目に見えて片づく。
とはいえ、本当はただ寝ていてもよかったはずだ。がっかりを埋めようとして動いてしまうのは、たぶん癖だ。
次に空いたら、何もしないでみようと思う。たぶんまた掃除する。
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09/15 07:47 更新
何もなかった年を、人はあまり評価しない。振り返って語れることがないと、無駄に過ごした気がしてしまう。
でも、何も起きなかったというのは、かなりの運と、それなりの努力の結果だと思う。大きな病気をしなかった。仕事が続いた。近い人が元気だった。どれも当たり前ではない。
思い出に残る年は、たいてい何かが壊れた年だ。記憶に残る出来事の多くは、良いことよりも大変なことのほうだったりする。
だから、話すことがないというのは、悪くない状態を一年キープできたということになる。地味だけれど、けっこうすごい。
今年どうでしたかと聞かれて、特に何も、と答えられる人が周りにたくさんいてほしいと思う。
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