こんにちは!🌪️風羽🪶です
最近、何度も繰り返し聴いている曲があります。
CHEHONさんの
『三途の川を渡らなかった奴の歌』
最初はタイトルのインパクトに惹かれて再生しました。
でも、聴けば聴くほど、
この曲は「死」を歌っている曲じゃないことに気付きました。
むしろ、その逆。
“生き残った人間は、この命をどう使うのか。”
そんなことを問いかけ続けてくる曲なんじゃないかと感じています。
三途の川を「渡らなかった」。
このタイトルだけでも、いろんな解釈ができます。
死の淵まで行った人。
人生のどん底を経験した人。
何かが終わる寸前まで追い込まれた人。
そんな人が、
もう一度こちら側へ戻ってきた。
でも、この曲はそこで終わりません。
「助かったね。」
「よかったね。」
そんな話ではない。
“戻ってきた命を、これからどう生きる?”
そこまで問いかけてくるように感じました。

人は普段、
明日が来ること。
朝起きられること。
誰かと笑えること。
仕事へ行けること。
好きな人と話せること。
全部を当たり前だと思ってしまいます。
でも本当は、
そのどれもが当たり前じゃない。
だからこそ、この曲では
命そのものよりも、命の使い方
を歌っているように思いました。
命は一回しかない。
だから大事にしよう。
そんな綺麗事ではなく、
今日という一日を、誰のために使うのか。
どんな時間を過ごすのか。
誰を大切にするのか。
それが命の価値なんじゃないか。
そんな風に受け取りました。
もうひとつ、この曲で印象に残ったことがあります。
それは、
“生きているだけで十分”
で終わらせていないところ。
もちろん、生きていること自体は尊い。
でも、生き残ったなら、
まだ謝れる。
まだ笑える。
まだ挑戦できる。
まだ誰かを支えられる。
まだ優しくなれる。
まだ変われる。
“まだ”
という可能性を歌っているように感じました。
だから、前向きな応援歌というより、
生き残った人への責任と希望
を歌っている曲なんだと思います。

この曲を聴いていて、
自分の仕事とも少し重なりました。
セラピストという仕事は、
身体を癒すことだけじゃありません。
話を聞くこと。
沈黙を共有すること。
笑うこと。
安心して力を抜ける時間を作ること。
その全部が、
誰かの人生のほんの数時間を預かる仕事なんだと思っています。
だから、
「癒します。」
というより、
“その人が、その人自身を取り戻せる時間を作りたい。”
そんな気持ちの方が近いです。
頑張らなくてもいい。
無理に元気にならなくてもいい。
ちゃんと話せなくてもいい。
そのままで来てもらえたら嬉しい。
そう思っています。
CHEHONさんのこの曲は、
命の重さを知った人だからこそ歌える言葉が並んでいるように感じました。
だから、聴いている側も、
自分の人生を少しだけ見つめ直したくなる。
誰を大切にしたいのか。
何を後悔したくないのか。
どんな時間を過ごしたいのか。
そんなことを自然と考えさせてくれる曲でした。

今日という一日は、
二度と戻ってきません。
だからこそ、
疲れた日はちゃんと休むことも、
好きな音楽を聴くことも、
大切な人と笑うことも、
全部が命を大切に使うことなんだと思います。
風羽という名前には、
「風のようにそっと寄り添い、羽のように貴女の心を軽くします。」
そんな想いを込めています。
誰かの人生を変えることはできなくても、
今日という一日が、
「少し楽になった。」
「また頑張れそう。」
そう思ってもらえる時間なら届けられるかもしれません。
それが今の自分にできる、
命の使い方なのかなと思っています。
もし最近少し疲れていたら、
CHEHONさんの
『三途の川を渡らなかった奴の歌』
ぜひ一度聴いてみてください。
人によって受け取り方は違うと思いますが、
きっと何か一つ、
心に残るものがあると思います。
🌪️ビューン🪶























































































































