こんにちは!🌪️風羽🪶です
最近、Aimerさんの「カタオモイ」を改めて聴いていました。
タイトルだけ見ると、
届かない恋とか、報われない気持ちの歌なのかなと思うけど、
聴いているうちに少し違う気がしました。
この曲の片想いって、
ただ「好きになってほしい」という意味だけじゃなくて、
もっと静かで、もっと深いものに感じます。
たとえ近くにいても、
たとえ想い合っていたとしても、
相手の心を全部わかることはできない。
どれだけ大切に思っても、
その気持ちを100%そのまま渡すことはできない。
だから恋には、
両想いの中にも少しだけ片想いが残るのかもしれません。

人を想う気持ちって、
案外、綺麗な瞬間だけでできているわけじゃないと思います。
元気な時。
笑えている時。
余裕がある時。
そういう時だけじゃなくて、
うまく言葉にできない日。
少し疲れている日。
誰かに気を遣う元気も残っていない日。
そういう時間も含めて、
その人なんだと思います。
そして本当に大切にするって、
相手の明るい部分だけを見ることじゃなくて、
少し沈んでいる部分にも、無理に踏み込まず、そっと隣にいることなのかもしれません。
片想いって、届かない恋だけじゃなくて、
相手を完全にはわかりきれないまま、それでも大切に想い続けること。
そんなふうにも感じました。

会いに来てくださる時、
「ちゃんと話さなきゃ」
「明るくしなきゃ」
「気を遣わせたらあかん」
そんなふうに思ってしまう方もいるかもしれません。
でも、僕は会う時間の中で、
無理に整えられた姿だけを見たいわけではありません。
むしろ、
少し力が抜けた時の表情や、
ふと黙ってしまう時間や、
言葉になる前の小さな空気の変化にこそ、
その人らしさが出ることもあると思っています。
もちろん、全部を話さなくてもいいです。
無理に笑わなくてもいいです。
深い話をしなくてもいいです。
ただ、
その時間だけでも、
普段より少し呼吸がしやすくなればいい。
そう思っています。

「カタオモイ」を聴いていると、
好きという気持ちは、相手を自分のものにすることではなくて、
その人がその人のままでいられるように願うことでもあるのかなと思いました。
変わっていくこと。
疲れる日があること。
強くいられない時があること。
そういうものを否定せずに、
その日の貴女に合わせて、距離を取ったり、近づいたりできる人でいたいです。
会うたびに何かを頑張らなくてもいい。
ただ、
「今日は少し楽だったな」
「来てよかったな」
そう思ってもらえる時間を重ねていけたら嬉しいです。
音楽を聴きながら、
恋とか、想うこととか、距離感とか、
そんなことを考えていました。
読んでくださってありがとうございます。
🌪️ビューン🪶









































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































